アクセスカウンタ

金沢市北倫理法人会

プロフィール

ブログ名
金沢市北倫理法人会
ブログ紹介
毎週土曜日、AM6:00より「ぶどうの木」で経営者モーニングセミナーを行っております。
また、モーニングセミナー後には、700円で、おいしいぶどうの木の、朝食バイキング(焼きたてパンもあります)を食べることが出来ます。
ぶどう畑で心豊になり
講話で知識、見識が豊になり
おいしい朝食で体も豊になります。
詳しい場所は下のURLよりお願いします。
http://www.budoo.co.jp/
help リーダーに追加 RSS

次回経営者モーニングセミナー の御案内

2009/11/22 17:37
次回第61回経営者モーニングセミナー の御案内

日 時:2009/11/28(土)6時から  場 所:ぶどうの木

講話者:(社)倫理研究所 特別研究員
     松丸 靖氏

テーマ:『倫理(みち)を踏み誤ることなかれ』

モーニングセミナー後には、700円で、おいしいぶどうの木の、朝食バイキング(焼きたてパンもあります)を食べることが出来ます。
ぶどう畑で心豊になり
講話で知識、見識が豊になり
おいしい朝食で体も豊になります。
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


2009年11月21日第60回経営者モーニングセミナー

2009/11/22 09:16
いつもありがとうございます。

金沢市北倫理法人会で幹事をさせていただいております、
ゴーゴーカレーの佐藤 麻祐子です。

金沢北倫理法人会の会場であるぶどうの木は
通常天井にぶどうの木があってとってもさわやかな空間なのですが
現在冬季期間によりビニールで覆われています。
そのため雨が降ると会場内は大きな雨音が。
喝采の拍手に聞こえるのは自分だけでしょうか…??


さて11月21日のご報告、張り切って参ります。


司会 澤野副専任幹事
画像


輪読 坂本幹事
画像


■新田哲夫会長挨拶

皆様「FMかほく」をご存知ですか?
78.7メルツで金沢も能登も聞くことができる
去年できたローカル局なのですが、
実は一ヶ月前からパーソナリティとして
毎週月曜14:00〜生放送で話させていただいています。
誰も聴いてないと思ったがこの人まで聴いているんかと思うほど
聴いておられる方がいる。

今日お見えになっている七尾倫理法人会の中橋元会長夫妻の
娘さんが聴いていて、感想のFAXを送ってくださりましたので
ご紹介いたします。

------------------------------------------------------
新田さんの《感謝することは一番大切》という言葉に私自身の
感謝、ありがとうについて考えさせられました。
私は9月の末に初めて出産をし、その後しばらく実家で
母の世話となり、子育てがスタートしました。
しかし母とはケンカばかり。母は数十年前の経験を押し付け
私は自分の思うように進めていきたい、お互い遠慮せず思ったことを
言っていたので毎日ぶつかる日々で感謝とは遠いものでした。
今は実家を離れ、母の助け無しで子育てをしていますがやはり大変です。
母も私をこんな大変な思いをして大きくしてくれ、その子供の
産後の世話をしても文句ばかりで感謝もない。
私も娘の親となりました。
自分の親に一番感謝しないといけない時期なのかもしれません。
日頃素直になれないけど素直にありがとうと母に伝えたいと思います。
新田さんがんばってください。
----------------※了解を得て発表させていただきました----

こんな文章を見るとホロリときます。
子供の素直な気持ちは嬉しいです。
この手紙はご両親にもFAXさせていただきました。

面と向かって言えない言葉を手紙に表したらよいと思います。
ちょうど明日は11月22日「いい夫婦の日」です。
私は39年前のこの日が結婚記念日です。
妻に感謝しようと思います。


■会員スピーチ
富山県倫理法人会 片山孝志会長様
画像

富山から来ました。
富山とはいえ、ここから車で25分ですので
ほぼ「北」の会員も等しいでしょう。

お墓参りの3日後、娘が彼氏を連れてきた。
祖先を大事にすることであるものであったように思う。

先ほど新田会長が読まれた娘さんの手紙に
娘の平生を思い涙が出ました。

■講話者
石川テレビアナウンサー 原 秀二様
画像

普段はアナウンサーなので「カメラ」に向かって話すが
このように人を前にして「生」で話すことに緊張しています。

三重県のシャープでおなじみ亀山市の出身。
高校まで三重で過ごし、明治学院大学入学により東京へ出ました。

今年の7月に60歳の定年を迎え、くぎりをつけたが
それ以降もアナウンサーを続けています。
勤務した36年4ヶ月では様々なことがあったが本当にあっという間でした。
ひとつひとつ振り返ると入社時は細くてガリガリでしたが
今はメタボとなり身体の変化がある。

アナウンサーになる人とは人前で話したり出たりすること、
目立つことが好きな人とお思いでしょうが私は正反対でした。
人前に出ることがとても恥ずかしかった。

ではなぜアナウンサーになったのか。
それは明治学院大学1年生のときアナウンサー研究会に
知り合いがいたので入りました。
ちょうどラジオのDJが流行っていたころでした。
楽しいかなと軽く入会しましたが入ったからには
全員がアナウンサーの発声練習、滑舌練習をしました。

はじめはうまくできず
ア行、カ行、と読むが表情をつけて読めなかった。
ある日、先輩に呼ばれ「俺の前でやってみろ」とやらされました。

(実際に当時の使っていた書を手にして練習を再現していただきました)

その先輩は会長で、男性だったため、
これが女性なら笑って話せるのにと思ってやっていたが
練習しているうちにできるようになっていきました。
苦手なものができると楽しくなっていきました。

大学3年の頃、1、2年生を教える立場となったため、
教え方を学ぼうと恵比寿にある東京アナウンスアカデミーに通いました。
そこにはアナウンサーを目指す人がおり、その環境にいると
いままで自分もやってきた、先輩も放送局に入っていることで
一度チャレンジしたいと思い試験を受けたが
なかなか受からず全部落ちました。
兄弟からも止められましたが諦めきれず、
親に手紙を書いてもう1年だけ頑張らせてほしいとわざと留年しました。
理由はアナウンサーは新卒でなければ受験資格がなかったからです。
生活費はテレビ朝日でアルバイトをして自分でなんとかしました。

2年目、希望が叶って昭和48年、石川テレビに入社しました。
当時免許を持っておらず、バス亭から石川テレビの鉄塔を見上げて
ようやくアナウンサーになれたんだと思いながら通勤しました。
それがつい昨日のようです。

それから36年4ヶ月、いろんな仕事をしました。
先輩アナウンサーがメインキャスターを務める生放送のワイド番組に
女性アナウンサーをコンビとなって隔週で出ていたが
先輩アナウンサーが突然辞め、
今日突然メインをやれと言われたことがありました。
生放送なので逃げれません。なんとかコンビの女性アナウンサーに
助けてもらってクリアできた1時間半の番組でした。
生放送を進めるということで時間のキープに神経を置きつつ
ゲストの話を聞いていきました。
経験が浅かったので勉強させていただきました。

一般人にスポットをあてる「ふるさと人と人」という番組を10年間、
450回もの放送をさせていただきました。
いろんな人とお会いし、大きな財産となりました。

近年一番楽しかった仕事は平成17年から3年間続いた
ほのぼのサンデーという日曜昼12時からの生放送でした。
ここは喫茶店が舞台となりゲストの方がお客様として
いろんな情報を持ってきてくださいました。
そこでマスター役だったのでこだわりのコーヒーを出したくて
コーヒー屋さんに頼んで番組オリジナルコーヒーを作りました。
番組は朝、豆をひくことスタートし、
スタッフらにもかおりから参加してもらって、コーヒーをふるまいました。
ゲストの方も「本当にコーヒーを立てていたんですね」とビックリされました。
テレビではかおりはわからないが
番組を見てくださる方がこの雰囲気の中でコーヒーが飲みたくなったらいいな
と思ってコーヒーを入れていました。
番組はカウンターにご来店したお客様にコーヒーを出すところから始まります。

そんな中、おととし3月25日。リハーサルのとき私はカウンターにいました。
そのとき《揺れ》がありました。能登地震です。

阪神大震災のときも1週間神戸でリポーターを務めましたが
そのときの惨状を目の当たりにしていたため、まさか金沢も、と思いました。

番組で着ていたマスターの格好からネクタイ姿に着替えて
情報報道番組に変更となり、
中継、情報など担当をわけて自分はスタジオへ飛び込むも、
少ない情報しかないため断片的な情報を何べんも繰り返し、
石川県の地図や震度、そして自分が
繰り返し放送されることになりました。

現地リポーターは突発的なものは自分の言葉で伝えなくてはならない。
ある時、新潟地震のとき、テレビを見ていたら
現地リポーターが「人的被害は幸い2人でした」という言葉を使っていました。
100人1000人だから大きいわけではない。
尊い命が失われたというニュースは使う言葉に
気をつけなければならないと思いました。
新潟のニュースでそれを聞いた遺族の方はどう受け止めたのでしょうか。


仕事はすべて順調ではありませんでした。失敗もあります。
入社2年目の頃、顔出しニュースではスタジオ入りが間に合わず、
無人デスクが放映されました。
2つめのニュースで、そ知らぬ顔で登場しました。
2年目だからできたことかもしれません。

業界用語に「ケツカッチン」という言葉があります。
それは「おしまい」という意味です。
時間通りに終わってくださいとのことなのでケツカッチンで終わります。
ありがとうございました。



■連絡事項
石村事務長
・2010年倫理カレンダー残りわずか!お早めに!
・各種ナイトセミナーのご案内
※来週27日(金)は北倫理ナイトセミナー開催します!

■誓いの言葉
佐藤幹事
画像


本日の参加者は54社、60人でした。


ちなみに2007年のある日、
私が勤務するゴーゴーカレーが
ほのぼのサンデーに取り上げていただき、最後記念に写真を撮りました。
許可をいただいたので掲載します。
画像

(なんと佐藤はゴリラにin)。


                                Report:satou
                                Photograph:kobayashi
                                Edit:sei

記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


2009年11月14日第59回経営者モーニングセミナー

2009/11/18 20:27
司会 澤野幹事、 輪読 田丸幹事 

会長挨拶  私は北倫理法人会の新田といいます。
先日、ある監督からお聞きしたのですが、40〜50人入ってくる部員の中で、
日の目を得てレギュラーになる子と、山あり谷ありで補欠で3年間
まっとうしている子もいます。
いざ就職でこういう下ずみの子が大事にされて就職率も良いそうです。
親御さんは補欠だからやめてしまえというが、続けたほうが良いと思います。
私の子も部活で頑張り、子供の応援に県外もいきました。
子供がいたからできたのです。
本日の馳さんは100キロウォークで頑張っている姿を拝見し、講話を
楽しみにしています。


会員スピーチ  中川副事務長
11月8日(日)長女がみんなに祝福されて結婚しました。
私は最後に長女の手紙を読んで号泣しました。
クリスマスに三重県のタラサ志摩スパ&リゾートの今野さんのホテルに
招待されましたので、長女と二人で出かけようと思っています。
1月8日(金)に金沢市北でこのホテルの社長、世界一のエステの今野さんの
ナイトセミナーが開催される予定です。
よろしかったらお越しください。
画像



講師紹介 山野石川県倫理法人会副幹事長
先日の激動の選挙の一端をDVDで紹介させていただきます。
天高く、みんなの夢を、国政へと馳さんに
想いを語っていただきます。
よろしくお願い致します。
画像



【講話者】
衆議院議員
金沢市北倫理法人会会員
馳 浩様
テーマ:『総選挙ウラオモテ、日本の未来をどうするか!』
画像

こういう場を与えていただいてありがとうございます。
この前の選挙のエピソードを、
本日は止めて違う話に入ります。
先日今の話題の人、ヤンキースの松井選手の代理人が外野の守備をやりたい
とスポーツニッポンでメッセージを取り上げられましたが、ニューヨーク店
のゴーゴーカレーさんがどんな逆境にあっても松井選手を信頼してくれている、
故郷の応援団がいると記事にでていました。
私はプロレスラーの道を選んで、25歳の時、海外遠征でプエルトルコに
行くよう言われて、オープンチケットを貰いました。
そのチケットは行きの日時はありますが、帰りの日の記載がありません。
当時、ジャパンプロレスの長州力社長に、失礼ですが自分はいつ帰ってきたら
よろしいのですかと聞きましたら、私が帰ってこいといったら帰ってこい、
一年以内ですか、と聞きましたら、ばかやろう、私もわからない、
人生なんてそんなもんだと言われました。
次に、私はそこで派遣で仕事をするのですが、パスポートにビザがないんですがと
聞きましたら、何とかしろといわれ、プロレスはいいかげんな世界だと思いました。
何とかプエルトルコの入国で、学校の先生の、アマチァレスリングの、ロサンゼルス
オリンピックの選手の経験を説明して3ヶ月のワーキングビザを貰いました。
このプエルトルコの経験で私の人生が変わってしまいました。
私は今、街頭演説は一人でやっていて、毎日場所を変えて、運転している人、
通勤している人の目を見ています。
馳の話を聞いて、こうしなければならないんだな、どうしたらよいのかなときずいて
いただければよいと思っています。
来年県知事選がありますが、新幹線金沢開業で、どうやってチャンスをつかむのか、
みんなの問題として考えて、石川県の将来を、これから石川県がどのように
なっていくのかを考えましょう。
私の夢は金沢を東京に変わる、大陸に開かれている裏日本の中心として、
港から、小松空港から、能登空港から発信し、金沢大学を中心に臨床医学、検査薬、
癌の治療等、医療産業を支えていきたいと思っています。
これからも勉強して頑張りたいと思います。本日はこういう機会をいただいて
ありがとうございます。

誓いの言葉は佐藤幹事

本日の参加者は44社、58人でした
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


11月27日ナイトセミナーの御案内

2009/11/07 10:23
画像
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


2009年11月07日第58回経営者モーニングセミナー

2009/11/07 10:21
画像


画像


画像


画像


講話者
潟Cトウ紙工 代表取締役
白山市倫理法人会 監査
伊藤祐基 氏
画像


演題
『箱やの大将 奮闘記』
石川県で3年ぶりに講話をします、今日はぶどうの木に合わせてネクタイを合わせてきました。先日白山市倫理法人会で講話をされた石村さんと同い年です、不思議なことに三上さんとは生年月日が同じ昭和39年5月20日生まれです。
 箱や3代目です。昭和8年金沢市武蔵が辻で紙を切る仕事から始まり、紙の加工が仕事でした。戦中は一旦休業し、昭和20年に再開、酒、しょう油のパッケージの型抜きを石川県で初めてやらせてもらっていた。ドイツからの自動で型切り出来る機械を使っていた。パッケージシェア日本一の印刷会社からも仕事を頂いていた。
箱には種類があり、‘ダンボール’‘はり箱(お菓子、酒など)’はり箱は手作りの作業です。
高度成長期に父と母が結婚し、父が5年後急死した。周りの人から「素晴らしい父親だった」と良く言われた。昭和59年大学生の頃、母がガンで亡くなり、大学を中退し、会社に入社を決意、子供の頃から箱やの仕事の跡を継ぐと思っていた。私が26歳になり祖父が88歳とのこともあり、株式会社を設立と同時に社長となった。
 その頃、大量生産から多種多様に変化し、今までのやり方では効率が悪くなってきた為、下請けでは無く、自社でお客様に企画、提案をすることを決めた。「thinking パッケージ」→常にパッケージを考える会社にする、パッケージが商品の販促ルールになると思いそのようなネーミングをつけた。
 酒の箱には、‘蓋’‘身箱’‘中箱’とあり、それを一体化した箱を考案しそれがヒットした。ケーキの箱をこだわったケーキ屋の店主さんから要望があり予算を通常の倍程かけて円柱型の箱を作った。見た目も良く置き場にも都合が良くなり、さらにケーキの売上があがったんです。パッケージを入れると商品の売上、価値が上がるということから、販促を意識したパッケージ作りを始めた。
 倫理法人会ではいろんな人との出会いがあり感謝しております。倫理法人会は昇格が早く、松任市倫理法人会立ち上げの際に副会長に任命された。同時に家庭倫理にも携わってきた。
 私はラーメン好きです。折角なので私のオススメのお店は「尾道ラーメン」です。
 テレビ番組の「プロフェッショナル」で印象に残っている言葉があります。「あなたにとってプロフェッショナルとは何ですか?」と質問されたときの答え方で「何か特定のことをずっとやっていた人がプロフェッショナルでは無くて、ある特定の職業から選ばれた人がプロフェッショナルである」その言葉です。 
画像


画像
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


2009年10月31日第57回経営者モーニングセミナー

2009/11/02 09:22

平成21年10月31日
○「夢かぎりなく」斉唱!

○朝の挨拶 西田錦矢 幹事
○会長挨拶 新田哲夫 会長
今朝の輪読「万象わが師」を聴いて、中野元会長からお聴きした
「鏡(かがみ)から我(が)を取ると神(かみ)になる」を思い出しました。

昨夜はナイトセミナーで夫婦愛に感動しました。
ご主人の「自分のところで障害を持った5人を雇いたい」と言う言葉に、
奥様は「何言っているの?」と言いながら、今は7人を雇っているお二人。
素晴らしいです。

そういう意味では、ここにいらっしゃる中浦さんも素晴らしいです。
去年の今頃は何をされていたか分かりませんが、
今年の3月25日に準倫理法人会の会長になられました。
そしてこの10月6日に100社を達成され、正式に倫理法人会となりました。
実は中浦様の奥様からラブレターをいただきましたので、代読させていただきます。
(ラブレターの中身は割愛させていただきます)


○会員スピーチ
和田歩美 幹事 知的障害者更生施設 ハビリポート若葉
ナイトセミナーで感じたことを話させていただきます。
私は障害者の方々が一般の仕事が出来るようなお手伝いをしたいと思っております。
昨日の講話を聴いて一歩ずつではありますが、実現できるよう動こうと決意しました。
画像


○会員スピーチ
澤野利春 副専任幹事 澤野建設工房
私は北倫理法人会から「朝礼委員長」を任命されています。
朝礼について話させていただきます。
朝礼見学会として芝寿司様とナカノ自動車様に行ったときに、みなさんが握手してました。
「これは良い」と感じ、すぐにわが社に取り入れました。
意思の疎通が感じられてとてもよかったです。
是非皆様にも活力朝礼をしていただきたく、アンケートをお配りしました。
ぜひ書いていただき、帰りに受付に渡してください。
画像


○講話者紹介
高名由美子 奥能登倫理法人会副会長 高名光夫漆芸工房
北倫理法人会で7ヶ月活動させていただきましたが、これは奥能登倫理法人会のための7ヶ月だったと思います。
3月に準倫理法人会を開設しまして、10月に正式に倫理法人会となりました。
その立役者であります中浦政克会長がこちらで話されるとのことで、やってまいりました。
新田ご夫妻、斉藤ご夫妻、中浦ご夫妻と素晴らしいご夫婦が周りにいらっしゃいます。
私もそのようにいたいなと思いました。
中浦様の会社は来年で創立100年、4代目であり、会社だけでなく地域活性にも尽力されている中浦様の話を楽しみにしております。
画像


○講話
柚餅子総本家中浦屋 代表取締役
奥能登倫理法人会 会長
中浦政克様
画像

このたび奥能登倫理法人会を設立しましたが、
新田会長をはじめ金沢北倫理法人会の皆様には本当にお世話になりました。
本当にありがとうございました。
今日は七尾倫理法人会からも沢山の方がいらっしゃっていますし、初めての方もいらっしゃっています。
ありがとうございます。

実はうちの会社の決算日が今日(10月31日)なんです。柚子の収穫時期を元にしようと11月1日を年度初めにしました。
今頃は農家を回るのですが、印象的なのは「きれいな柚子もよいが、傷がついたものもかわいいのです。これもわが子のようにかわいがってください」との言葉です。
それをどう加工しようか悩みながら、地産地消で頑張っています。

小さいころ工場の2階に住んでいました。
母は私をおんぶして仕事していました。
父はいつも帰りが遅く、夜中3時頃に「いつも遊んでやれんから今遊ぼう」と、かぶとむしを採りに行ったこともありました。

父は、両親を早くに亡くし、親と接することが無く育ちました。3代目と言いながら、初代(父から言えば祖父)に教えてもらっていました。

元々中浦屋はほかのお菓子も作っており、柚餅子は年間200個くらい作っておりました。
それを柚餅子専門店への転換をしたのは父親の功績です。今は約6万個を作っております。

急に年間何万個と作るのですから、失敗もありました。
3万個作ったときに、販売できない失敗をしてしまいました。今なら失敗の原因は分かるのですが、誰もやってないことをするのですから、当時は原因が分かりませんでした。
柚子は年に1回だけしか収穫できませんので、両親は失敗作を泣きながら焼却処分していました。私はそれを見て「商売を継ごう」と感じたと思います。

商売というものは難しさもありますが、失敗を繰り返して成長していくものです。

祖父は100年前に商売で成功し土地をたくさん買いました。
しかし父親の代で失敗し、その土地を売ってしまいました。
父は沢山失敗しましたが、柚餅子だけは成功したのです。


母親のことを話します。
私が片町で飲んでいたとき、実家の裏に住んでいた方と知り合いました。
その方から
「お母さんは毎晩、庭に出て泣いていたよ。でも、家に入るときは涙を拭いて戻っていたよ」
と聞いて驚きました。

私が子供のとき、貧しいとは思っていなかったのですが、実は学生服を買ってもらうとき母親の服を質屋に入れていたと聞き、「大事に使おう」と思ったことがありました。

色々と苦労しましたが、昭和63年に法人化をし、その後少しずつではありますが、柚餅子の専門店として地位を確立していきました。


弟について話します。
私たち兄弟はお互い野球をしていたのですが、弟のほうが身長も高く、肩が強く、足も速かったです。
そのままノンプロになり、巨人軍から声がかかったこともありました。
その弟が「商売がしたい」といってきたので、準備のために色々な方々からアドバイスをいただきました。
その中の行政書士さんから「兄弟でやると、ほとんどが喧嘩別れしてしまう」
と言われました。
そのうえ、弟が受けとっている給料は私より多く、その額を支払うことが出来ません。
それを弟に正直に話しました。
「二人で頑張りたいが、現状を考えると、私一人でやるべきかと思う」
弟はそれを聞いていましたが、翌日には私に相談せずに野球を辞めてしまい
「私は会社でやらなくてはならないんや。そこで偉くなるんや」
と宣言していました。
今では私たちの従業員数より多い部下を持つまでに出世しており、良い関係を続けております。

私は会社を引き継いでから、色んな活動を始めております。地域作り、町の振興もそのひとつです。
辛いこともありました。
そんなときは自分自身が人に対して横柄になっていて、気遣いが足らないときです。
これではいけない、何かしなくてはいけないと感じていたときに、倫理法人会と出会いました。
中崎会長、小幡さんは何度もお見えになりました。
だんだん「この人たちは変だけど悪気はなさそうだ」と思うまでになりました。
昨年12月に、中崎会長と水野金沢倫理法人会専任幹事が「打ち合わせしよう」と言ってきました。
居酒屋でお二人と飲みながら、「ぜひ倫理法人会に入れてください」と頼みました。
「皆様が能登のことを思ってくれるのに、それを受け止める地元の人間がいないのは辛い。お世話のお手伝いをさせてください」と話しました。
「お手伝いをする」と言ったはずなのに、翌日からは「会長」と呼ばれるようになり、「策にはまったな」と分かりました(笑)
そのようなご縁をいただき、この場に立っております。
倫理法人会は社会から違った空間かと思われがちですが、実は地域を変えていく一部の人であり、それを学ばせていただけるのが倫理法人会であると体感しております。

みなさまには今後もお世話になると思います。
今日話しできなかったことは、またの機会があることを楽しみにすることとして、今日の講話を終わらせていただきます。
ありがとうございました。

○連絡事項
石村聖一郎事務長
石浦屋様は金沢駅百番街にもあるそうです。

○誓いの言葉
開田致言 幹事

本日の出席者は48社54名でした。
                                Report:sakamoto
                                Photograph:kobayashi
                                Edit:sei


記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


2009年10月30日ナイトセミナー

2009/11/02 09:21
画像


画像


画像


出席者は61名でした。
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


続きを見る

トップへ

月別リンク

金沢市北倫理法人会/BIGLOBEウェブリブログ